食物繊維の摂取が胃癌の予防に寄与する可能性については、複数の疫学的研究とメタアナリシスによって一定のエビデンスが示されています。以下に、4000文字程度で、エビデンスに基づいた内容を論述します。
食物繊維と胃癌予防の関連:エビデンスに基づく考察
胃癌は世界的に見ても依然として主要な死因のひとつであり、特に東アジア地域では罹患率が高いとされています。その発症には、ヘリコバクター・ピロリ(H. pylori)感染、食生活(高塩分・加工食品)、喫煙、飲酒などの生活習慣が深く関与しています。近年、食物繊維の摂取と胃癌リスクとの関連が注目されており、いくつかの観察研究やメタアナリシスにより予防効果の可能性が報告されています。
1. 食物繊維とは
食物繊維は、ヒトの消化酵素では消化されない植物性食品の成分であり、水溶性食物繊維と不溶性食物繊維の2つに大別されます。水溶性は果物や海藻、オーツなどに多く含まれ、腸内細菌により発酵されて短鎖脂肪酸を産生します。不溶性は野菜や穀物に豊富で、腸内の通過時間を短縮し、排便を促進します。
2. 胃癌予防における食物繊維の作用機序
食物繊維が胃癌のリスクを低減するとされる機序には以下のようなものがあります:
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腸内環境の改善:食物繊維は腸内細菌の餌となり、善玉菌を増加させ、有害物質の産生を抑制します。特に水溶性繊維は短鎖脂肪酸(酪酸など)を生成し、抗炎症作用を持ちます。
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有害物質の排出促進:発癌性物質の腸内での接触時間を短縮し、吸収を防ぐ作用があります。
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胃内環境への影響:食物繊維は胃酸の過剰分泌を抑えることで、H. pyloriの活動性を間接的に抑制する可能性も指摘されています。
3. 疫学的エビデンス
(1)観察研究
日本、韓国、中国、欧米など複数の地域で行われた前向きコホート研究や症例対照研究では、食物繊維の摂取量が多い人は、胃癌リスクが有意に低い傾向が報告されています。たとえば、日本のJPHC Study(Japan Public Health Center-based Prospective Study)では、野菜・果物からの食物繊維摂取が胃癌リスクの低下に関連していると報告されました。
(2)メタアナリシス
Zhu et al.(2013)のメタアナリシス(”Dietary fiber intake and risk of gastric cancer: a meta-analysis”)では、18の観察研究を統合し、**最も食物繊維摂取量が多いグループは、最も少ないグループと比較して胃癌のリスクが24%低下(RR: 0.76, 95% CI: 0.64–0.89)**すると報告しています。特に果物や野菜からの繊維に顕著な効果があるとされました。
また、European Prospective Investigation into Cancer and Nutrition(EPIC)研究でも、果物と野菜の摂取が胃癌リスクを有意に低下させることが示されています。
4. 食物繊維の種類と予防効果の違い
研究によれば、**水溶性繊維(果物、野菜由来)**の方が不溶性繊維(穀物、豆類由来)よりも胃癌予防効果が高い可能性があるとされています。ただし、不溶性繊維も腸内通過を促進し、有害物質の排出に寄与するため、全体的なバランスが重要です。
5. H. pyloriとの関係
H. pylori感染は胃癌の最大のリスク因子とされており、食物繊維がH. pyloriの感染状態や活動性に与える影響も検討されています。一部の研究では、野菜や果物の摂取がH. pylori感染の炎症反応を軽減することが示されており、間接的に胃癌リスクを下げる可能性が示唆されています。
6. 食物繊維摂取の推奨量と実践的アプローチ
日本人の食物繊維の平均摂取量は約14~15g/日であり、厚生労働省の「日本人の食事摂取基準(2020年版)」では男性で21g以上、女性で18g以上が目安とされています。これに対し、疫学研究で胃癌予防に効果があったとされる食物繊維摂取量は、1日20g以上が多く、現状では不足している可能性があります。
実践的な摂取の工夫としては:
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主食を精製された白米から玄米や雑穀米に切り替える
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毎食に野菜料理を一皿加える
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果物を間食に取り入れる
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豆類や海藻を積極的に使った料理を取り入れる
などが有効です。
7. 限界と今後の課題
一方で、観察研究に基づく結果には**交絡因子(例:健康意識が高い人は他のリスク要因も低い)**の影響が否定できず、因果関係の確定にはランダム化比較試験(RCT)が必要とされています。しかし、食物繊維のような栄養素を長期にわたりRCTで評価することは困難であるため、疫学研究が主たるエビデンスとなっているのが現状です。
結論
現時点でのエビデンスに基づけば、食物繊維の摂取は胃癌リスクの低下と関連しているとする知見が支持されており、特に野菜や果物由来の繊維の摂取が有用であると考えられます。予防の観点からは、食物繊維を日常的に十分に摂取することは、胃癌だけでなく大腸癌や生活習慣病予防にもつながるため、積極的な摂取が推奨されます。
主な参考文献:
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Zhu Y, Wu H, Wang PP, et al. Dietary fiber intake and risk of gastric cancer: a meta-analysis. World J Gastroenterol. 2013;19(25):4196–4203.
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JPHC Study Group. [Japan Public Health Center-based Prospective Study]
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González CA, et al. Fruit and vegetable intake and the risk of stomach and oesophagus adenocarcinoma in the European Prospective Investigation into Cancer and Nutrition (EPIC-EURGAST). Int J Cancer. 2006;118(10):2559–2566.
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厚生労働省「日本人の食事摂取基準(2020年版)」
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